おはよう憂鬱
「起きろ、兄さん」
いつも通りの時間に起床したドイツは、こちらに背を向けてくうくうと寝息を立てる兄を見てため息をついた。いつの間にベッドに潜り込んできたのだか分からないが、セミダブルベッドに大の男ふたりが並んで寝るには少しばかり狭い。イタリアの言うように、「ムキムキがあったかいから」引っ付いて眠るというなら納得がいく。だが、プロイセンはひとつのベッドで寝る意味があるのかとドイツが疑問を抱くほど、接触してこなかった。こちらに背を向け、空気すら触れ合うのを拒むように頭からシーツを被って眠る。話に聞く兄の生い立ちを思えば、己の身を守るための癖なのかもしれない。
「おい」
シーツにくるまれたかたまりの、肩らしき部位に検討を付けて、やや乱暴に掴み寄せる。ごろん、とさして抵抗もなくこちらに寝返りを打ったプロイセンは、警戒心の欠片もない寝顔をドイツに晒した。昔なら風が頬を撫でただけでも飛び起きて辺りに殺気を放っていたというが、前線を退いて久しいせいか、夜襲に身構えることはなくなっていた。
「オスト」
「……んー…」
もう一度、覚醒を促す。しかし、閉じられたままのプロイセンの口からは意味をなさない呻き声が漏れるばかり。ドイツは猫のようにシーツを巻き込んで丸まっている肩をもう一度、軽く揺さぶった。
「起きろ、散歩に付き合ってくれるんだろう」
夕食の時に交わした約束をむずがる耳元に吹き込む。そして、夢から引き剥がすつもりで伸ばした腕から逃れようともがく体に、ドイツは容赦なく揺さぶりを掛けた。ややあって細い眉がしかめられ、「分かった、分かったから」と、気だるげな起床宣言があった。呂律の回っていないそれに本当に起きる気があるのかと尋ねて返せば、返事の代わりにプロイセン自身が緩慢な動作で起き上がる。その首にぶらさがったアンティークものの鉄十字のチェーンが、涼やかな音を立てた。
「……はよ」
とろんと垂れた瞼から、目覚めて間もない赤がようやくまみえた。ほうぼうに跳ねたプラチナの髪を乱暴にかいて、プロイセンはドイツをぼうっと見つめている。寝覚めのよい弟は、しっかりと開いた碧眼で兄の視線に答えてやった。
「お早う。さっさと準備するぞ」
言うが早いか、ドイツは機敏にベッドから抜け出した。犬たちを待たせて余計なストレスを与えたくない。脱ぎ捨てられて床に点在するのは全て、プロイセンの服だ。兄に片付けろと煽るより、自分がランドリーに突っ込んだほうが早かろうとは、考えるまでもない。朝から自分は何をやっているのだろうか……すでに二回目となるため息をプロイセンに聞かせるように落として、ドイツはだらしのない兄の服を拾いに掛かる。ふいに、背に視線を感じた。
「……おい、ヴェスト」
振り返ると、こいこい、とジェスチャーを寄越す未だ半目のプロイセンの姿がある。仕方なく、ドイツはかき集め途中の服を手にしたまま、ベッドの上であぐらをかくプロイセンの元に寄った。じと、と瞬く濡れた赤目が弟を見上げる。
「おまえ、いつの間にそんなにでかくなったんだよ」
「は……?寝惚けているのか」
「あんなにチビだったくせに」
声は平常通りのそれに戻りつつあるというのに、プロイセンの表情は何とはなしに現実味を欠いていた。眠りのなかで、幼い頃の自分たちの世界にでも戻っていたのだろうか。まだ夢に片足を突っ込んだままでいるのかと、ドイツが渇を入れようとした時。意外にも素早い動きで、細い腕が伸ばされた。
「いや、こっち」
がし、と片腕を腰に回され、もう片方の手で掴まれたのは、足の付け根にある、男のそれ。
「!!!」
慣習でタンクトップと下着一枚きりで眠っていたから、ほぼ直に触られているような心地の悪さが一気に毛穴から吹き出した。ドイツの腕に掛かっていたしわだらけの服たちが、ぼとりと落ちた。
「ッ、何やって……!」
「やっぱでけえな」
下着ごしとはいえ、ソフトタッチではなく鷲掴みで急所を握られているのだ。下手に動くこともできず、プロイセンの手が離れていくのを待つほかない。
「……なんか悔しいんだけど。おまえ、このパンツやめろよ俺が惨めになんだろ」
「にっ、兄さん!はな、せ…!」
今日はいつものトランクスではなくボクサータイプの下着を穿いていたから、体のラインが常よりもくっきり浮かび上がっているのが目に付いたのだろう。ドイツ自身も、あれは小さいほうではないと自覚はしている。だが、兄が唇を噛むほど立派な訳ではないとも思う。いやらしさを一切感じさせない、遠慮なしのその手付き。あまり擬音を付けたくはないが、ぐにぐにと緩急を付けて確かめるように揉まれている。柔い刺激を与え続けられれば、意思とは関係なしに反応してしまうのが男というものだ。にや、と引き上がる口角に、プロイセンにもそれが伝わってしまっていることを知った。
「あれ、勃ってんじゃん。こんなんで興奮してんの?」
「馬鹿を言うな生理現象だ!!」
いくら健全な男の朝の生理現象だと言えども、この状態では苦しい言い訳にしか聞こえない。下品な笑みを隠さない兄に何か言ってやりたいが、握り潰されては堪らないのでそれもままならない。
「俺が抜いてやろうか?」
などとのたまうプロイセンに、覚悟を決めた――というか、キレた――ドイツは三度目のため息をつくよりも早く、裸絞めを食らわせた。
(飽きもせず毎日毎日)