Wasser bitte.

 今日は外で飲みたい、と駄々をこねたプロイセンに付き合って、ドイツもベルリン市内のパブまで足を運んだ。
 家で顔を突き合わせて飲む時とは違い、活気と欲望にまみれた喧騒、濃厚な酒気と食べ物の匂いはあまり無茶をしないドイツをも心地よい酩酊に誘う。そうなればプロイセンなどは酔わない訳がなく、隣に居合わせた男と下卑た話題で盛り上がり、派手に中身を溢しつつビールを煽る。ドイツはプロイセンと違って羽目を外すことはほとんどないから、弟と飲むよりはこうしてばか騒ぎできるパブの空気を兄は味わいたかったのだろう。胃の許容範囲は少ないくせにプロイセンがジョッキで頼んだビールと山盛りのヴルストは、ほとんどドイツの腹の中におさまっていた。
 結局、酒に飲まれて足が立たなくなった兄を弟が引きずり帰ったのは、深夜。日付もとうに変わり、早ければ雄鶏が朝を告げようかという時分だった。


「ほら、水だ」
 ぐでんぐでんに崩れたプロイセンをソファに寝かせ、ドイツはレモン水のボトルを差し出した。ライトを付けると目を眇めて文句を垂れたので、弟は心もとない間接照明のみで兄が横たわる位置を把握することになった。涙の膜が張った二つ眼が、それを覗き込むように屈んだドイツを歪めて映し込む。返事はない。
「兄さん、水は」
 呼び掛けに応えるように動いた右手は、弟に伸ばされてすぐにぱたりと落ちる。分解し切れていないアルコールを存分に含んだ吐息は掠れていた。
「あ……?」
 火照った頬に、押し付けるように水のボトルを当ててやる。兄が目を閉じたのを認めてから、ドイツは骨の浮く背を抱き起こしてやった。肉の薄い体はされるがまま、身をゆるいくの字に折る。ふいに開かれた酒気を帯びた視線がドイツに向けられた。薄暗さにようやく慣れ始めた碧眼が、己より低い位置にある兄の姿を捉えて見据える。
「なんだよおまえ、飲んでねえの? 付き合いわりいな」
 開口一番、プロイセンは回らぬ舌でそうのたまった。同行者があれだけ酔っ払っていればこちらは自重するのが当然だろう。それに、プロイセンに比べると分かりにくいだけでドイツだって素面ではない。生真面目な使命感から酔うに酔えなかった弟の苦労を知らないで、兄は不満げな表情を作り上げる。
「シラフかよー…せっかくいー気分だったのに。つまんねえの」
「俺も飲んでいる」
「うそだー酔ってねえじゃん」
「そういう飲み方もあるということだ」
 飲んだか飲んでいないかで続く、よくある酔っ払いとの会話を全て、適当に流す。プロイセンの場合、酩酊感による心地よさは一過性のもので、すぐに頭痛や吐き気に取って変わることをドイツは今までの経験から知っていた。二日酔いに苦しむ前に、余計なアルコールはさっさと出してもらいたいのだ。明日になって、やれ頭痛い水飲みたい看病しろと騒がれるのは仕事を抱える身としてはつらい。
「水はいるか」
「ん……」
 ボトルのキャップを開けようとして、一度頬から離れた冷たさを追った熱っぽい手のひらに、手首を掴まれる。ドイツの腕も決して冷えてはいないが、己より体温の低い何かにすがっていたいのだろう。プロイセンは蕩けた半目で、にぎにぎと何度も弟の手首を持ち直してきた。
「あー。おまえジュース飲んでたんだっけ?」
「飲んでない」
 捕まったままで何とか蓋をひねることに成功して、もう片方の手でボトルを差し出してやる。求めていた冷たさだというのに、プロイセンは受け取ろうとしない。ただ、新しいおもちゃを手に入れた子どもの笑顔で、ドイツの腕を弄ぶのに夢中になっている。
 厚ぼったい手のひらに自分のそれを重ね、刻まれた皺を指の腹でなぞり、水かきを爪で引っ掻く。かさついた兄の指先が膚に触れる度に、ぴりっとした痛みのような何かがドイツを刺激した。くすぐったいのか気持ち悪いのか、分からない。
「ヴェストにビールはまだ早いよな。じゃなきゃ俺だけがこんなんなってんのおかしいし」
「兄さんが弱いからだろう」
「ちげえよ。おまえはまだ酒が飲めねえんだろ」
 何やら雲行きが怪しくなっている。いくら酔っ払いとはいえ、聞き捨てならない言葉を吐き続けるプロイセンにドイツの眉間が狭まっていく。滅裂な話に本気で怒るのもおかしくはあるが。
「何を…言ってるんだ」
「ん? おまえはまだガキだってこと」
「子ども扱いを、するな……っ!?」
 思わず噛み付こうとして、いきなり腕を引っ張られた。がくんと揺れた拍子に、ドイツの手からボトルがすべり落ちる。ああやってしまった――音もなくラグに広がり始めているであろう染みを憂いているうち、ぬるり、と水分を含んだ熱いもので唇を覆われた。それがプロイセンの舌だと気付いたのは、間近でぼやける二つの赤に宿る、爛とした欲情の色を見てからだ。こちらの衝動を引き出すことだけを目的に、溺れた赤目が食らい付いてくる。
「――んッ……!」
 身構えていなかったせいか、引き留める力が思った以上に強いせいか、プロイセンの唇から離れられない。仰け反っても執拗に追ってくる舌が、知らず潤んだドイツの視界にちらついた。艶かしい肉は、無防備なドイツの歯列を割ってその奥にある本能を求めてくる。唾液さえも逃がしはしない、とでも言うかのように、顎を上げてキスを仕掛けてくる兄の喉仏が水音を立てて蠢いた。照明にぼんやりと浮かぶそれは、やけに白く細い。
 こんな深い口付けに縁のないドイツでは、プロイセンの欲望に応えてやることも拒絶することもできない。見開かれたままの強い眼差しに耐えきれず、目を閉じた時。あれだけしつこく絡んでいた唇が、あっさりと離れていった。
「……は…ッ、な、にを……」
 酸素を求めて、ドイツは喘いだ。水分の多い咳が喉にせり上がってくる。
「ガキ扱い、してねえよ」
 何を思ってか、向い合わせで荒い息を吐くプロイセンはつい数分前の話題を蒸し返した。焦点の合わない至近で見つめ合う眼は赤く、酸欠寸前まで求め合ったせいで兄の頬もそれと同じくらい上気している。おそらくドイツ自身の顔も真赤になっているだろう。体内を巡る血がじくじくと熱を生み出している今なら、口を溢れ落ちる呼気の塊だって視覚できそうだ。苛立った声が言い捨てる。ガキにこんなキス、するかよ。
「おまえもいい加減、気付いたらどうなんだよ」
 さっきまでの性急さや態度とは裏腹に、優しく食むように口付けられる。唾液にまみれて鈍く光る唇は尖っていた。
「このムッツリオールバック」
 ハゲろ、という呪詛とともに、側頭部に差し込まれた手がドイツの髪を崩す。
「む、むっつり……!?」
 いつの間に捕らえられていたのか、床に膝を付いたドイツはプロイセンの足に胴を挟まれていた。赤い目に見下ろされるのには若干の懐かしさと緊張感がまとわりつく。甘えてくる唇を引き剥がすこともできないで、弟は幼稚な口付けを受け続ける。
「いきなり…何を……どうしたと、言うんだ」
「ヴェスト、シたい」
「…………は…?」
 己の脳細胞をフル回転させても、プロイセンの言葉の意味を理解するには数秒を要した。そして理解はしても、思考が追い付かない。兄が降らせるキスの雨は唇や頬に飽き足らず、ドイツの顔の至るところが唾液に濡れるようになっていた。
「兄ちゃんはずーっとヤりたいと思ってました。ヴェストが気付いてないだけですー」
 アルコールだけが原因でない、熱をはらんだ吐息混じりの声。耳朶に犬歯が食い込む。痛みを伴わないそれは、それでもドイツの芯をぎりぎりと焦がすような痺れを生み出した。
「酒飲んでるんだろ。なのになんで流されねーんだよ」
 ここは一発ヤっとくべきだろ。首に回された両腕に、ぐ、と力がこもる。酩酊しているとはいっても歴戦を闘い抜いてきた兄の力は本物で、遠慮のないそれにドイツは引き倒されることになった。重さに負けて一緒にソファに転がったプロイセンの後ろ頭から、嫌な音が聞こえたのが気がかりだ。耳に押し当てた胸を打つ脈動は血中に満ちるアルコールのせいか、速い。だが、駆け足で心臓が収縮しているのは兄のみならず、弟もまた同じだった。
「………兄さん、は、何がしたい」
「セックス」
「だろう、な」
「おまえは? どう?」
「……俺も、だ」
 酒をたらふく煽った時くらいは溺れてしまえ、と兄は言いたいのだろう。自分たちの関係は正常とは言い難いのだから。プロイセンが「今日は飲む。吐くまで飲む」と喚いたのも、相当溜まっていたからに違いない。発散する方法を知ってはいても一人で抜いてしまうのは忍びなく、かと言って求める相手は欲求不満な素振りも見せない。では酒に酔わせてその気にさせてやる、そのつもりで誘ったはいいが自滅して今の状況に陥った――そう考えるのが自然だろう。ドイツは疼く肉体とは別に働く、冷静な頭の隅で兄の痴態を眺めていた。酒臭く生ぬるい息が額に掛かる。ふっ、と緩んだぐずぐずの赤眼は、それでも兄の顔をしていた。
「いい子」
 ちゅ、と額に吸い付いたプロイセンの、濡れた唇の温度に全ての感覚を奪われる。どんな時でも、こうして同じ血を別った同胞として、兄はドイツに慈しみを注ぐ。倒錯的な行為で互いを縛り付け、がんじがらめにしていても。――まあ、ぎらぎらと暗闇に光線を残す赤眼に射抜かれると、そんなことはもうどうでもよくなってしまうが。
「俺をぐちゃぐちゃにして、とか言ってやろうか? 好きだろそうい」
「……………」
「うわっ反応はええ。元気だな」
 どう思われようが、今、プロイセンがドイツを求めているのは事実、その逆もまた然りだ。あとはもう、乞われるまま奪い、与えて、含ませてやろう。ドイツは欲にかられて、笑いを噛み殺して上下するプロイセンの喉に歯を立てることに成功する。重い己の体で下敷きにした肉が跳ねたその隙に、服の隙間から。規則正しく並んで浮いた、兄のあばらの窪みに指を滑らせた。


(みずをください)


あれ、襲い受け……?笑 最初はドイツが酔っ払ってプーが介抱な、ねたのはずだったのに気付いたら反対に\(^o^)/ ムラッときたときにドイツがその気がなかったら、焦れたプーがヴェスト早く来いよ!って誘ったらいいな、とか思いました。普段はそんなことなさそうですが…
ところで来いよが濃いよに一発変換されました。なにが濃いのかな?ケフィア?^^^