拍手ログ01

独普前提の悪友こばなし、現代大学生パラレルです。
オッケーなかたのみどうぞ






























 

お気に召すまま

「なープロイセン、今日、お前んち寄ってもええ?」
「頼むよー、ちょっとだけでいいから」
 講義中。いつもの調子で、プロイセンの両肩に顎を乗せたふたりの友人がのたまう。彼らはプロイセンをノート係に任命し、後ろの席を陣取って、ついさっきまで何ごとかを話し合っていたはずだ。教授に睨まれても止むことのなかったおしゃべりが突然途切れたと思ったら、これだ。左肩、ブロンドの長い毛先が首筋をくすぐっ て思わず声を上げそうになったが、何とかこらえた。ゼミ教室内を変な雰囲気にしたくはない。背骨をかけ上がるむず痒さを、握り込んだ手のひらに爪を立てることでやり過ごして、はぁ、と。プロイセンはこれ見よがしにわざとらしい息をついた。小声で問う。
「なんで」
「え…なんでって……なぁ」
「何でと言われても、ねえ」
「理由は」
「どうしても、なんかの理由がないと行ったらあかん?」
「愛しいハニーの家へ行くのに理由がいるか?」
「…………」
 右と左から、ほぼ同時に。似たような返答が、サラウンドスピーカーのように返ってくる。講義中であることを一応は彼らなりに考慮してか、両スピーカーから漏れる音はそれほど大きくない。それでも。
「理由がない…?」
 プロイセンの機嫌を悪くするには最適の音質だった。引きつった口の端から発せられる声が、ぐっと低くなる。
「だったら来んなよ」
「えー…だってー」
「今月やばいんだよ。ピンチ。晩飯なんて出してやれねえぞ」
「えぇーだってぇ」
「……スペインの真似すんなよフランス。気持ち悪い」
 拒否するやいなや、ふたりは唇を尖らせる。プロイセンが常のように首を縦に振ると思っていたのだろう。毎回毎回そういう訳にはいかない。
「分かったろ。無理」
「なんか…プロイセン、おれらに隠し事してへん?」
「してねぇよ」
「いや、してるな。匂うんだよ。お前もしかして…」
「風呂だったら毎日入ってるけどな」
 ぴしゃりと言い切る。語気が荒くなってしまうのは仕方ない。いい加減顎を退けてくれないと、すぐ耳元でなされる息づかいに体の何かが反応してしまいそうだった。首だとか耳だとか、そういった部分が昔から弱いのだ、握りこぶしで耐えるのにも限界がある。
 ふいに、わずかだけ、空気が揺れた。ふたりが顔を見合わせたらしい。
「……ううん、そういう意味ちゃうねん」
「あのさぁ、お前……恋人、出来ただろ」
「なっ…なにを……根拠もなしに」
 知らず、声が揺れた。心拍数が上がる。
「もしかして、チェリー卒業してしもたん?」
「もしかして、昨日あたり、やっちゃった?」
「ア、アホか。フェッターが家にいるのに、んなことできるかよ」
 フェッターとは、フランスもスペインもよく見知っている、プロイセンのルームメイト兼おとうとのことだ。しかし、ふたりが言うような――チェリー卒業や、やっちゃった、などという――出来事がなかったと言い切ることはできなかった。

 先日、常より沈んだ口調と声音でおとうとから重々しく想いを告げられ、なし崩しに事に及んでしまったのだ。いつから自分はそんな対象に見られていたのだか、プロイセンには理由も何も思い当たらない。とにかくその日以来、おとうとは己の衝動に任せてプロイセンを蹂躙してくるようになった。縄や怪しげな薬・道具を手にこちらの都合など聞く耳も持たず、プロイセンは毎度毎度、可愛いおとうとの言葉と指先に流されて体を開かざるをえない。

 けれど、フランスやスペインの前で軋む体を痛がったり気にするような素振りを見せたことはないはずだ。何をもってして、彼らはそんなことを言い出したのだか。
「……………」
「……………」
 ふたりは黙りこくっている。両方からの視線は依然として注がれたままだったが、口をひらく気配はなかった。やはり、確固たる根拠を持たないまま、適当なことをぬかしていたのだろう――その考えが甘かったとあとで悔やむのだが、今のプロイセンには知るよしもなかった。
「勝手な憶測でモノ言うんじゃねーよ……」
 プロイセンがはやる心臓を鎮めるために深い息をつこうとした、次の瞬間。
 彼らは示し合わせたかのように、全く同時に全く同じことを告げた。

「だって、首にキスマークが」

 どちらかの指が、首の後ろを、骨に沿ってゆるりとなぞった。
「――なぁっ!?」
 プロイセンは大声で叫んで、椅子から立ち上がる。
 いつの間に。いつの間に、あいつ。いつの間に、あいつ、付けやがったんだ。いったい、いつの間に。  頭のなかで、ぐるぐると同じことばがめぐる。怪訝そうにこちらを見やる教授や学生らのまなざしが痛い。――現在の視聴率は見事、100パーセント。
「す、すんません…っ」
 慌てて座ったが、一度てっぺんまでのぼった血がプロイセンの首筋はおろか顔まで赤く染め上げたままだ。睨みをきかせると、悪友ふたりは笑いをかみ殺すのに失敗していた。変なうめき声が、食いしばった歯のあいだから漏れている。これ程あからさまな反応を返してしまえば、「ついにチェリー卒業、やっちゃった」のを肯定したようなものだ。
 今は涼しい顔をして別の講義を受けているであろうドイツという名の恋人(おとうと)を、プロイセンは呪った。


「やっぱりー…なんで、俺らには言うてくれへんかったん?今度紹介してな」
「どこのかわいこちゃんだー?お兄さんに言ってごらんなさいよ。ほらほら」
「ちげえよ、虫刺されだ!」


 (20081013-20081207)