It's beautiful world

ドイツとにょぷ話。プーが先天的に女性です。苦手な方はご注意ください
オッケーなかたのみどうぞ






























 

It's beautiful world

「なぁヴェストぉ」
 溶けきれずに飽和状態になった砂糖水のような声が、ドイツの耳を刺激した。放っておいても二度三度と同じ声音を流し込まれるだけなので、ドイツは専門書を紐解くのを一旦切り上げて、言葉を返す。
「何だ」
 見やった先のプロイセンのくちびるが、子どもが不機嫌さを示す時のように突き出されていた。しかし姉においてのそれは、機嫌が悪いせいではない。何かをねだるつもりか構ってほしがっている、そんな時によく現れる表情だった。ドイツがため息をこぼせどどこ吹く風で、赤目は甘ったるさをたたえたまま瞬く。
 ソファに背を預け、ぼんやりと己を見上げてくる弟の意識を某かの専門書からこちらに向けるのに成功したことで、プロイセンは胸のうちで満足感に浸った。両手を添えた腰を少し折って、ドイツとの距離を縮める。そうして、媚びを引きずった声のまま問いかけた。
「蝋燭プレイと緊縛プレイ、どっちが好きか?」
「……は?」
 気難しそうに細められていた双眸がゆるゆると丸い円を描いてゆく。
「今、何と……」
 数秒かかってプロイセンの言葉の意味を理解したのか、間抜けだった表情はすぐに険しさを取り戻す。ドイツの面に現れる感情の変遷を見守っていると、気まずかったのか目を逸らされた。噛み殺してはみたが結局漏れ出た笑いに、一睨みが飛んできた。
「だから。蝋燭か緊縛か。おまえだったらどっちがいい?」
 喉の奥でくつくつと抑えた笑いを続けながら、プロイセンは同じ問いを繰り返す。弟は明らかに答えに窮しているようで、普段なかなか揺るがない視線が泳いでいた。
「どちらか…、と…言われても……」
「いーから、どっちか答えろよ」
 思わず渋っても、プロイセンは有無を言わさず答えを求めてくる。内容が内容のくせに意外なほど真剣な赤い眼差しに根負けして、ドイツは低く、こぼし始めた。
「……自分が施すか、受けるかによる…が、」
「おう」
「痕が残る、という点を考えて、その後何度も愉悦に浸れるのは緊縛、だろうな。蛇のように這う縄の痕は何とも言えない支配感を生み出すだろう。施す側なら尚更だ」
 姉を見つめていた青の眼差しは伏せられ、己が言葉として紡いだ場景を瞼の裏に浮かべているのだろう。プロイセンもドイツを真似て、「蛇のように這う縄の痕」を想像してみる。血が通わなくなった白い体に絡みつく赤い縄筋、手足には太い縄、胴には縄の痕のほかにも爪痕やキスマーク、首には細い皮紐の痕が禍々しい文様のように巻きついている――互いに真剣な表情で何を夢想しているのだ、と突っ込むような人間はこの場にはいない。緊縛プレイのよさを語るドイツの言葉たち、そしてプロイセン自身が描き出したのであろう緊縛姿に、ドイツを見下ろすその白面がみるみる喜色をたたえ始めた。
「だよな、だよなぁ!」
 よほど嬉しいのか、プロイセンは満面の笑みでドイツの両肩をばしばしと叩く。鍛え上げた体は痛みを覚えることはなかったが、あまりに遠慮がないのでドイツも一応は「痛い」と言っておいた。それを気にしてではないだろうが、離れていった二本の手持ち無沙汰な腕が、胸の前で組まれる。
「フランスは俺がやってくれないと分かんねーとかほざくし、スペインは痛いのはやだとか言いやがるし、話になんなかったんだよ」
 別にてめーらで試すなんざ言ってねえっての。プロイセンは呆れたようにぼやく。
「しかし…わざわざ俺にもそれを聞いてどうすると言うんだ」
「や、別に。どっちがマジョリティなのか気になっただけ」
 どちらも特殊性癖であることに違いはないだろうとドイツは思ったが、黙っておくことにする。あの二人も、唐突にそんなことを尋ねてきた女にさぞかし目を剥いただろう。プロイセンは昔から、思ったことをフィルターに通さず話す癖があった。前置きもなしに爆弾発言をかます姉に、ドイツが困らされたことは何度となくある。別に同情心など沸きもしないが、プロイセンの話に出た男二人のその時の様子にドイツが思いを馳せていると、顔に影が差した。それが距離が縮まったからだと知ったのは、鼻先が触れ合いそうなほど側に寄った対の血色を認めてからだった。
「でもさ、さすがは俺のヴェストだな!よく分かってる。愛してるぜ」
 ゆるく開いた足の間に入り込んできたプロイセンの細い腕に、ぎゅ、と頭を包まれる。ドイツは幼い頃、姉からそうやって安心を分け与えてもらった。だが、昔と今とは違う。顔面に押し付けられたのは石鹸だか洗剤のようないい香りと、やわらかくあたたかいふくらみ。男にはない、女性特有の体の感触だ。しかも、プロイセンはドイツにそれを押し付けるように抱き締めようとするので、顔と胸とが必然的に密着することになる。予想していなかった触れ合いに、無防備な体が強張った。
「…………!」
「どした?」
 硬直は、己を抱き込む相手を調子付かせる要因にしかならない。ドイツが固まった理由を分かっていて、プロイセンはわざわざ尋ねてくる。ドイツは息苦しさを覚えつつも、空気を求めて喘ぐように答えた。
「……む、胸が…、」
「むねが?」
 楽しげに返してくる、にやにやと笑うその声音が憎らしい。
「胸が、当たって、いる……息が、苦しい」
「ん?ああ」
 ようやく解放された頃には、ドイツの首から上は酔っぱらいのように染まっていた。プロイセンは猫のような笑みを引っ込めないで、腰を落として顔を覗き込んでくる。後頭部と首に回されたままの指が、襟足の髪を梳く。細い指先と尖った爪が時折、地肌や首を引っ掻くように掠めていく。こちらの赤ら顔を落ち着かせるつもりなのか煽るつもりなのか、その意図がドイツにはよく分からなかった。
「わり、苦しかったか」
 腹の立つくらいいい笑顔が息のかかる近距離にあって、ドイツは何とも言えない苦味を堪えるのに従事した。言葉を返す余裕があるはずもない。
「興奮したか?ムッツリめ」
 グロスでも付けているのか、ペールピンクに濡れたくちびるが紡ぐ。うすく色づくそれは、やはり、落ち着かせるというより煽るつもりで蠢いているとしか思えない。
「ビニ本とかAVのマッパ見るのは平気なくせに、実際に触らされるのには弱いのな」
 ほんと、おまえってよく分かんねえけど変態だわ。
 自分から仕掛けておいて、姉は悪びれもせずに弟を笑い飛ばす。言い返せないのはそれが本当のことであって、実戦経験がほぼないくせに知識だけが豊富なのを揶揄されているからだった。ついさっきまで夢中で読んでいた、今はソファに放られた専門書の名――『はじめてのSM〜まずは縛りから〜』――に気付かれないことを祈る。そして、思った。……この姉には勝てない。


(最強かもしれない)


スキンシップ好きなにょぷと正直気が気でないドイツ。
さくがイメージイラスト描いてくれましたホルホル!かわいいよ!
にょぷが女であることを意識してない、というよりは、ドイツがにょぷを女だと意識しすぎてるのだと、思います。たぶん、にょぷはドイツがAV鑑賞してても平気だし、むしろ隣で一緒に見だすんじゃないかな。ヴェストどぎまぎ。