Abysmal drinker

現代大学生…下剋上…?パラレルです。プーのキャラがまだよく掴めていなかった頃のものなので、勝手に「存在が希薄で無気力」なプロイセンになってます。あとイギリスが俺様です。
話の中に色々アレな単語が入ってますが察してやってください。作文、こんな英普がだいすきなんです…
さくのバーテン漫画関連の話だったりします
オッケーなかたのみどうぞ






























 

Abysmal drinker

 偉大な王の冠の中心を飾るおおきな翡翠によく似た、けばけばしい眼が煌めいた。
「似合うじゃねえか」
「そりゃどうも」
 バーカウンターを挟んでプロイセンとイギリスは対峙していた。プロイセンはバーテンダー、イギリスは客、として。
 照明が抑えられほの暗い店内には、ソウルフルな女性シンガーの歌声が絶えず流れている。マスターの趣味で、ジャズやスカ、ソウルミュージックといった黒人音楽専門のチャンネルと契約しているらしい。黒で統一された落ち着いた空間に、客の傾けるグラスに彩られた、鮮やかなカクテルの色が映える。アクセントとして目のつく場所に配置された、シルバーの小物が白い光を反射する――雰囲気のあるバーだ。元々ここはフランスのバイト先だが、彼にどうしてもと拝まれ、急遽プロイセンがカウンターに立つことになったのだった……が、プロイセンは早くも後悔していた。

『わりいプーちゃん、ちょい、頼まれてくれねぇか』
『何をだ』
『今夜のバイト、ブッキングしちまったんだよー』
『……どっちか休みにはしてもらえねぇのか』
『ああ。今日フレンチのほうのキッチンは俺ひとりなんだ』
『しゃーねーなー…もう一つってバーだったか?』
『さっすがー。そう言ってくれるって信じてた、愛してるぜ』
『はいはい』
『お礼は体で払うわ、待っててダーリン!』
『あー今度メシ奢れよな。だから寄るな、変態』

 数刻前のフランスとの会話を思い出しながら、なぜ安請け合いしちまったんだと頭を抱えたくなる。しかし、今夜限りとはいえ客商売、ぐっとこらえる。マスターにセットしてもらった髪が乱れるのだけは避けたい。くせの強いダークブラウンの髪にオリーブ色のひとみを持つマスターは、いつ見てもぼんやりとうわの空でやり手、というイメージではなかった。しかも彼はまだ二十六、七歳かそこらで、店を経営するにしては若い。しかし、フランスに言わせれば意外にちゃっかりしているらしい――見た目からは想像もつかないが。彼はバーテンダーの経験などひとつもないプロイセンの肩を叩いて、「立ってるだけで、いいから……」と静かに鼓舞してくれた。さらにはヘルプ代として、プロイセンにも特別手当をくれるという。何ともありがたい。ブッキングと口では言っていたが、今ごろは新しい女(男かもしれないがプロイセンには関係ない)とベッドインでよろしくしているであろうフランスとは大違いだ。
 ……それでも。こいつにだけは、言うんじゃ、なかった。

『俺、今日遅くなるから』
『ついに童貞とおさらばか? はは、よかったな』
『ちげえよ』
『じゃあバージン喪失か?』
『……ヘルプだ、フランスのバイトの』
『はいはい。中出しは嫌よ、チェリーちゃん』
『……………』

 今さら自分の浅慮さを悔やんでも遅い。イギリスはわざわざ、嘲笑いに来たのだ。組んだ手の甲に顎を乗せて、侮蔑の色を隠さずこちらを見ている。スツールに浅く腰掛け長い足を組み、悠々とグラスを傾けるその姿はさぞかし絵になることだろう。イギリスはその上、いくつか離れた席でどのカクテルを注文しようか迷っていた様子のご婦人相手に、「あちらのお嬢さんがたに似合うカクテルを」を素面でしゃあしゃあとやってのけていた。フィクション世界でしか見ないようなことを実行するやつがいるのかと、呆れるより感心してしまう。
 ご婦人がたの熱い眼差しにも唇と眉だけを上げて、さらりと応える。明度を抑えた照明に浮かび上がるイギリスの姿は、同性であるプロイセンの目から見ても艶っぽかった。場慣れしているとでも言いたいのか、イギリスの余裕たっぷりに澄ました顔がプロイセンを苛立たせる。しかも、イギリスの熾烈な眼差しにいつも通り遠慮はなく、視線で身体中をまさぐられているような心地がして背筋が寒くなった。

 ダークグレーのワイシャツに、黒地に細く薄い白のストライプが入ったベストと揃いの蝶ネクタイ。胸に座するピンには「Bonnefoy」と彫られた銀のプレート。こいつの分を作る時間がなかったのだろう。それらにローウエストのパンツを合わせ、スタッズの付いたベルトでカジュアルダウンしている。全体的に細身に絞られており、スタイリッシュな店の雰囲気によく似合っている。崩し気味のオールバ ックが新鮮だった。
 まあ、形だけは合格といっていいな。
 プロイセンの悪寒を知りながら、イギリスは自分の「ご主人さま」を勝手に評価して笑った。
 俺が来店した時のこいつの表情(かお)……最高だった。
 こんな場所で声を上げて笑うのは癪だから、にたりと口角を上げるだけにとどめたが。イギリスの心中で、嗜虐心がむくりと頭をもたげる――バーテンダーならば、酒を出せて当たり前。そうだろう?
「Oi,barman」
 イギリスが完璧なクイーンズイングリッシュで声を掛ける。英語があまり得意には見えないプロイセンが、不機嫌そうなひと睨みを寄越した。こいつは接客業に向いていない、例えいやらしい男でも、上客だとしたら媚びを売ってへつらわなければ生き残れないというのに。わきあがる笑い声が、くつくつとイギリスの喉の奥で鳴った。
「作れんのか?」
 わざと目的語をなくして問う。何を、かはプロイセンが一番分かっているはずだ。その証拠に、端から「無理だ」と決めつけて掛かるようなイギリスの声音に、急ごしらえのバーテンダーは眉をひそめていた。
「申し訳ございませんお客さま、彼は先日入ったばかりのものでして……。カクテルでしたら、わたくしがお作りいたします」
 見かねた先輩バーテンダー(とは言ってもフランスの先輩、なのだが)が頭を下げる。助かった、とプロイセンのひとみがわずかに安堵したのをイギリスは見逃さなかった。
 普段は無感情を決め込んだポーカーフェイスが、今夜はやけに崩れる。眉と瞳が、どこよりも雄弁にものを語る。その原因を作っているのは自分なのだと自覚するたびに、イギリスの暗い笑みが深くなる。愉快でたまらない。一瞬だけ緩んだプロイセンの面をどう受け取ったのか、先輩バーテンダーはもう一段階腰を低くしてイギリスにお伺いを立てた。
「作れんのか?」
「はい、お好きな銘柄はございますでしょうか、お客さ…」
「お前に用はない」
 辛辣な物言いに先輩はぐっ、と言葉に詰まった。しかし反論はしない……さすがはプロ。心得ている。
「作れんのか、『Mr.Bonnefoy』?」
「…………お客さまのお望みとあらば」
 棒読みのYes。誰のものか分からない(恐らくは先輩かほかのバーテンのものだ。ちくしょう)咎めるような視線を感じたが、無視した。するりと、猫のように当然のように、プロイセンの「いつも」に入り込んできて、それらを瓦解させようと嗤うイギリスの悪趣味にはついていけない。そして、何よりも。それを突っぱねるでもなく受け入れている自分を受け入れたくなかった。
「グラッド・アイ」
「は?」
「聞こえなかったのか、グラッド・アイ」
 作れ。
 挑発的なひとみがプロイセンを射る。グラッド・アイ。聞いたことのある名前だ。
 フランスがカウンターに立っている時に、何度かスペインと連れたって飲みに来たことがあった。友人のよしみでいくつか奢ってもらったカクテルの中に、その名があったような気がする。記憶を探る。フランスは何と言っていたか。
 ……翠。冴えわたる美貌のエメラルド、それよりももっと明るくやわらかい、パールをふくませたような宝珠の色をしていた気がする。そうだ。見た目の優しさとは裏腹なアルコール度数の高さに、スペインが目を白黒させていたのだったか。
「……かしこまりました」
 幸い材料や道具、グラスは先輩が手早く用意してくれたため、準備段階で間違えるという醜態を晒すことはなかった。カクテルグラスの下、『Glad-eye』と走り書きされたメモが挟まっている。目配せで先輩に礼を告げると、プロイセンはひとつ息をついた。
 何だってこんなことに――募る不満は昇華されることはない。世界が自分中心に回っている、と、どうやら本気で思っているらしいイギリスに抗っても無駄だ。下らない王様ごっこの真似事に合わせてやらねば即死刑、ギロチンで首を刈られてしまう。シェイカーにレシピ通りの分量の氷、リキュールを含ませ、見よう見まねでシェイクする。意外な手際のよさを認めてか、イギリスの目がわずかに丸くなっていた。
「(……毎日メシ作ってやってるのは誰だっての)」
 静かにグラスに注ぎ入れる。クリーム色がかったエメラルドがとろりとグラスに溜まって、妖しく光った。記憶の中にあった、初夏の風を思わせるみずみずしい緑色とは違う、むせかえるような色香を押し出したいやらしげな翠いろをしている。テラテラとその表面を輝かせて、媚びをふりまいていた。
 すっ、と神経質そうな白磁の指が伸び、グラスをさらう。色合いや香りを楽しむこともせず、イギリスはプロイセンに喉を晒し、一気に飲み干した。ごくり。やけに響いた飲下の音は自分のものか、イギリスのものか。握り込んだ拳にひやりと冷たさを感じる……いつの間にか汗をかいていた。
「不味い」
 まあ、予想通り。何事も否定しないと気がすまないイギリスの刺々しい言葉を、プロイセンはさほど驚かず受け入れる。元より上手く作れるなどとは思っていない。それを見越してか、イギリスは満足気に猫のひとみを吊り上げて、もう一言付け足した。
「俺ならもっと、上手く出来るぜ」
「申し訳、ありません……お客さまもカクテルをお作りになられるのですか…?」
「俺ならもっと、上手く引っ掛けられるぜ」
「…は……?」
「下手くそ」
 話の主題がずれている気がする。どこか噛み合っていない。首を傾げてもイギリスの不敵な笑みは消えない。
 ……なに、あの子たち。どういう関係なのかしら。
 先ほどイギリスの贈ったカクテルで舞い上がっていたご婦人がたが、今度はプロイセンと彼の関係を邪推して騒ぎだした。イギリスは下世話な話題を持ち出す時間帯や場所にまるで頓着しない性質らしく、誤解を招く発言をかましてはプロイセンがそのフォローを入れることが度々あった。とは言っても彼が外を出歩くことはほぼなく、限られた人びとしかふたりの同居生活の事実を知らない。別に隠しておきたいことではない。プロイセンとて人目を気にする方ではないのだが、「同棲・年頃の男同士・一人は美形」と聞いて、めくるめく禁断の世界を想像する層が一定数あることを知っていた。それゆえにプロイセンが人には黙っていた同棲の話もイギリスは我関せず、好き勝手に話してしまう、大声で。
 ただでさえ派手な振る舞いと見目の麗しさで目立つのだから、これ以上俺を窮地に立たせてくれるな。  顔に出さずとも焦るプロイセンを見て楽しんでいる節さえあるイギリスの鼻っ柱を、何度殴ってやりたいと思ったことか。……思うだけで実行に移せるわけではなかったが。
「色目ってのはな」
 イギリスは人差し指を立て、ちょいちょい、とプロイセンを呼ぶ。訳の分からないまま屈むと、いきなり蝶ネクタイを引っ張られた。唇が触れ合う寸前で顔が止まる。きゃああ。どこからか嬌声が上がっても、何故か人事のように思った。
 ――色目はな、こうやって使うんだよ。
 こちらの視神経が焼き切れそうなほどの熱を持ったひとみが語った。「色目」の名を冠したカクテルの色にそっくりな、横に寝かせた三日月に、間抜けに口を開いた男の顔が映っている。
「ばーか」
 言って、イギリスは呆気なく手を放した。咄嗟にカウンターに手をつかなければ、無様につっぷしていたかもしれない。何が面白いのか、イギリスは再び満足気に喉を鳴らす。
 ……ほんの刹那でも、目を逸らせなかった自分をプロイセンは殺したくなった。


(纏うはみどり、すべてを飲み込む底なし沼のいろ)


「Mr.France」はあんまりなので、ネームプレートはボヌフォアさんです。