calling

ほとんど背景とかないんですが、たぶん現代パラレル。プーは大学生くらい?
スパコミ関西で無料配布した「OST」の中身です。短いです。
オッケーなかたのみどうぞ






























 

calling

 昨日、携帯電話を変えた。スライドタイプ、カラーリングはブラック。最新機種ではないけれど、プロイセンは新しい相棒を気に入っていた。

「……おい」
「なに」
「何やってる」
「設定。終わってねえんだよ」
 取扱い説明書を片手に、プロイセンは小さな画面と睨み合いを続けている。イギリスが息をついた。苛立っているのだろう。人差し指でテーブルを叩く、せわしない音が聞こえた。
「設定、ね……」
 ンなもん、適当にすりゃいいだろ。そう言いたげなため息。プロイセンは鮮烈なまなざしが背に注がれているのを感じていたが、無視を決め込んだ。
 ぴ ぴ ぴ
 マナーモードすら未設定のせいで、数字キーを押すたびに上がる小さな操作音だけが部屋に満ちる。イギリスも数十秒はおとなしかった。しかし。
「まだか」
「ん、まだ」
「――ったく……」
 すぐに、プロイセンを急かすような言葉が投げられる。イギリスの苛立ちに比例して、彼が指先で刻むリズムもテンポを上げていた。
「今のうちにやっとかねえと、めんどくせえだろ……っあ」
 いつの間に背後に寄ったのか。何の気配も感じさせず現れた、節の目立つ長い指が。唐突に、ひょいと。プロイセンの手の中の携帯電話を摘まんでいった。
「薄いな」
「おまっ、返せよ」
 伸ばした腕は空しく宙を掻く。躍起になって取り返そうにも、かわされるか返り討ちにあうに決まっていた。誰だって余計な傷は負いたくない……力ずくで取り返すのは早々に諦めた。
 振り返った先で、イギリスが物珍しそうに機体を眺めている。やがて、バックライトに照らされるディスプレイ表示を見た不機嫌面に、皮肉気な笑みが浮かんだ。
「プロフィールの設定? 誕生日なんて入れてなんになるんだか」
「見んなよっ」
 心底見下しきった表情でプロイセンを馬鹿にしたくせに、イギリスはぴかぴかの機体をじっくり観察し始めている。
 見られてまずいもの(例えば金髪の友人の携帯電話に保存されている、男が男でヌくための写真集。やつは変態だから仕方がない)など入っていない、入っているわけがないが、何となく落ち着かない。 そわそわしているプロイセンには見向きもしないで、イギリスは持ち主よりずっと熱心なまなざしを画面その他に注いでいる。自分の携帯電話がこねくり回されているのをただただ近くで眺めるだけ、という奇妙な構図が数分の間、続いた。
 やがて。観察にも飽きたのか。ぴぴ、素早く電子音が鳴ったのが聞こえたと思えば、
「ほらよ」
 黒い機体はあっさりと戻ってきた。しかしほっとしたのも束の間。受け取った自分の携帯電話、プロイセンはその画面に不吉な文字を、見た。
『全件削除しました』
「ちょ、おま、」
 勢いよく顔を上げたプロイセンは、思わず声を荒げる。イギリスは当然のように鼻で笑って返し、ソファへと腰を下ろした。全ての動作が音もなくなされる、その余裕と優雅さに腹が立つ。
 引きつったプロイセンの口元から渇いた声が漏れた。
「何、削除、したんだ」
「あ? アドレス帳全部、だよ」
「……………」
「怒鳴らねえのか?」
「……そんなに殴られたいか」
 それはご免被るね。足を組み替えながらのイギリスが笑う。
 プロイセンは自分が脱力するのを感じた。こいつの突飛すぎる行動に怒る気にもならない。削除した理由を聞いて怒鳴り散らしたところで、データがすぐに戻ってくるわけでもない。まあ、アドレス帳に関しては問題がないからこそ、割と気楽にそう思えるのだが。
「全部サーバーに預けてるからいいけどよ…あー……戻すのめんどくせえ……」
 前の機種からデータを移す際、オンラインデータ預かりサービスに加入してある。プロイセンは感情を言葉に乗せることを諦めた口で、文句ではなく盛大に嘆息するにとどめた。イギリスは何も言わない。
 ぴ ぴ、ぴ
 他にも何か消されていないか、たどたどしいキー操作音が探る。昨日今日で受信したいくつかのメールは消えていても構わないが、一応確かめようとしたその時。唐突に。
 手の中の機械が、震えた。
「う、わっ」
 ディスプレイには、見知らぬ番号。
 今は登録抹消されてしまった知り合いの誰かからの電話かとも思ったが、くくっ、とイギリスの喉が鳴ったので合点がいった。振り返るまでもない。
 ぴるるる ぴるるる
 鳴り止まないコール音、おそらく、イギリスからの。
「……言いたいことがあんなら、直接言えばいいだろ」
 一睨みを背後にくれてやる。プロイセンの三白眼にも、イギリスは口角をふたたび引き上げるのみだ。言葉の代わりに「早く取れ」とばかりに顎をしゃくった。
「……………」
 何を考えてるのだか。いつの間にかイギリスの手のひらには薄い携帯電話が握られており、彼は形のよい耳朶にそれを押し当ててこちらを睥睨している。
 初期設定のままの一本調子な着信メロディと、カラフルに明滅するライトがそろそろ煩わしくなってきた。みどりの視線は逸れることなく、プロイセンの首筋をちりちりと焦がす。
「…………はい」
 観念して通話ボタンを押した。
『よう』
 背後から、少し遅れて携帯電話の受話器から。
 同じ声がプロイセンの耳を撫でる。
 直接吹き込まれるのとは違う機械的な音、それでもプロイセンはじくりと、自分の耳が膿むような熱を持ち始めたのを感じた。跳ねる肩を悟られないように、努めて低い声で答える。
「なんだよ」
『別に?』
「……時間の無駄じゃねーか。なにがしたい」
『ハッ』
 愚問だな。イギリスの一笑は意味のある言葉になることはなかったが、プロイセンにはそう聞こえた。
『いらねえだろ』
「だから……、何、が」
『俺以外は』
「……は……?」
 随分と熱烈な告白だ。頬を染め上げ恥じらうことも、嫌悪に任せて罵ることもできなかった。
 受話器ごし、すぐそばに感じる息づかいは至極落ち着いていて、冗談混じりにしろイギリスが割と本気でそう思っていることをプロイセンに知らしめる。猫が喉を鳴らすのに似たハスキーな声が告げた。
『おまえの声は、俺のモンだ』
 そうして、ちゅ、と、リップ音。背筋を悪寒が駆けめぐった。
「きっ……もちわりいんだよ!」
 叫んで切電すると、イギリスが背後でまたくつくつと声を上げる。
「登録しとけよ?」
 言うが早いか、肩を引かれてプロイセンはイギリスの胸に倒れ込んだ。指ごと絡めとるように、携帯電話を握り込まれる。ぴぴぴと素早い操作で、イギリスの名がアドレス帳に刻まれた。
 ナンバー、000。
「(……ありえねー)」
 ついでとばかりに首筋、そしてわき腹をまさぐりはじめた獣の手を払いのける気力もないまま、プロイセンはぼうとディスプレイの表示を見つめていた。抵抗しても余計に調子づかせるだけだと、体に覚え込まされている。味気のない待受画面はすぐに、光を無くしてブラックアウトした。
 おおきくくつろげられ、剥かれた肩に噛みつかれる。大げさに上がる自分の息を殺して、プロイセンは今日こそはどんな声も上げるまいと誓った。翻弄されてなるものか。お前なんかに俺の声をやるものか。
 だんだんと我をなくしつつあるプロイセンとは逆に、背に感じるイギリスの心音には一分の乱れもない。


(だれにもゆずってやらない)


どういう状況なのだか分からない\(^o^)/ 実にすいません\(^o^)/