笑って、マ・フルール

仏にょぷ話。プーが先天的に女性です。苦手な方はご注意ください
さくのこのイラストと妄想の続き、イメージです。
オッケーなかたのみどうぞ






























 

笑って、マ・フルール

 ドレスにカクテルをぶちまけました。ヒールが折れて、足首をひねりました。散々だ。
「……………」
「なーに怒ってんの、プーちゃん」
 その上、エロ髭野郎にいわゆる姫抱っこされて、ホール中の紳士淑女の注目を浴びました。
 今、俺と髭野郎はホールの外の階段前にいます。
 さらに、ヤツは膝を付いてドレスの染み抜きをしています。ほんっとーに、散々だ。


 とんとんとん。扉の向こうのダンスホールから流れ聞こえる管弦楽に、フランスがリズムを合わせる。大階段の端に座らされたプロイセンは、つまらなさそうな顔をしていた。とんとんとん。リズミカルに叩かれる自分のスカートを、そして、タキシードの片膝を付いて三拍子を取るフランスを。不機嫌な赤目が見ている。とんとん、とん、とんとんとん。曲目の切り替わりと同時にリズムも変わった。
「もうすぐで終わるからな」
 軽いパッティングを続けながら、フランスはプロイセンのスカートからアルコールの染みを抜いていた。オフホワイトのドレスに広がるボールドは、彼のおかげでその毒々しい色味を段々と薄め始めている。
「どした? プーちゃん?」
「……プーちゃんって言うな」
 顔を上げたフランスの眼差しは、プロイセンとは交わらなかった。
 彼女の眼は見事な反射神経で逸らされ、今はすっと通った鼻と、まろやかなラインを描く頬しか窺えない。女性らしいその横顔に、行儀よく上を向いた睫が瞬いていた。普段ならしないメイクのおかげで、その肌にはほんのりとパールがきらめいている。
「何? 反抗期?」
「んなわけあるか」
 わずかに覗く彼女の眉は、怒りの形につり上がっていた。どこぞの味オンチ兄弟の家の黄色い熊のような呼び方をしたのが気に食わないのだろうか、とフランスは思ったが、どうも、プロイセンの苛立ちの元は別のところにあるらしかった。
「ねえ怒ってるの? プーちゃんってばー」
 フランスがじいっと蒼の双眸をプロイセンに注いでいると、やがて、むき出しの薄い肩と長い睫が細かに震えだした。彼女はこうして見つめられるのに慣れていない。はたして今回も、顔を合わせない理由を問い掛ける熱視線の前に、プロイセンはあえなく陥落する。
「………ほんと、な」
「うん?」
「おまえ、やめろよな、あーいうの」
「あーいうの?」
「人をあんな、ガキみたいに抱えやがって…」
「ああ――お姫さまだっこ?」
 姫じゃねえ、と否定する彼女の神経はハリネズミのように尖っている。
 それはただの通称であって、プーちゃんがお姫さまだとは言ってないけどねぇ。フランスが呟けば、彼の急所目掛けて、痛めていない側の足によるキックが飛んできた。どっちだよ、難なく受け止めた彼はまた笑う。プロイセンが舌打ちした。

 フランスが各国の上司たちに挨拶をし、あまり美しくない政治論を延々聞かされ、プロイセンの元に戻った時にはすでに、彼女のドレスには真っ赤なカクテルがダイブしていた。不注意か事故かは定かでないが、とにかく。広がりつつある染みをどうともしないで突っ立っていた彼女は、彼と目が合った瞬間。何故か、逃げた。そして、慣れぬヒールを盛大な音を立てて折ると、そのまま転んだ。床に倒れる直前にフランスが伸ばした両腕に横抱きにされたから、ドレスとヒール、そして片足首以外にはプロイセンに外傷はないはずだ。そして、ぎゃあぎゃあと本気の力で逃れようと喚く声とそれを落ち着かせようと諭す声とを行き交わせ、ふたりはホールから退場したのだ。群衆の奇異と邪推に満ちた眼差しと囁きを伴って。
 ――それが数分前の話。

 どうも、プロイセンは横抱きにされたことに相当の恥辱を覚えたらしい。
 ドレスとヒールと足首、そしておそらくは心にもダメージを負った彼女をそのままにはできない、と思ったフランスなりの判断だったのだが、プロイセンの怒りを買う結果になってしまったようだ。苦笑して、フランスは染み抜きの手を止めた。
「あの場合は仕方ないだろ?」
「別に俺は裸足でもよかった。足もまだ痛くねーし」
「いーや、違うって」
 突き出された唇をアヒルみたいだなとこっそり思いつつ、フランスは続ける。
「ほら、せっかくプーちゃん綺麗だから。お兄さん的にみんなに見せびらかすべきだと思ったから。あれが一番目立つと思ってさ」
「なにアホなこと、言って――」
 視線は逸らしたままのプロイセンが文句を並べようとした、その前に。すっと伸ばされた指に顎を摘まれ、フランスにしては優しくない力で引き寄せられた。プロイセンは抵抗する気を起こす前に、髭面と顔を突き合わせることになった。
「しかもあれ、自慢にも牽制にもなるし。俺以外がプーちゃんに触れないようにしとかないと。ね?」
 至近で紡がれる悪戯っぽいフランスの言葉たちに、プロイセンの頬がカッと焼ける。いつもの軽口だと分かっていても思わず反った背を、大きい手のひらに支えられた。鼻先が触れ合いそうな近距離は変わらないままだ。
「……と、言うかさー」
 蒼い眼が一度、伏せられる。それでも目を逸らせずプロイセンは回らぬ舌を必死に動かした。
「…なん、だよ、」
「何であの時逃げたの? あれ、結構傷付いたんだけど」
「それ、は……」
 恥ずかしかったからに決まってんだろ! プロイセンは大混乱を極める脳内だけで毒づいた。浅い息ばかりを吐き出す口は言葉を発してくれそうにない。
 ふいに開かれた、フランスの眼にはらむ色がさっきより暗くなったのを、彼女はすぐそばで目の当たりにした。
『本当は、余裕なんてないんだよなあ』
「は……?」
 早口の異国語を聞き取ることはかなわない。
「なあプロイセン」
「な…に、」
「キスしていい?」
「……!」
 熱に満ちた低い低い声がプロイセンの鼓膜を融かした。限界を訴えた視界を、ぎゅっと瞑る。顔がまた近付いてきたのか、眉間にフランスの吐息が掛かった。男のくせに妙に甘やかさを含んだ、悩ましげなそれ。プロイセンは息を止めた。
 早鐘の心臓がひたすらに顔に血を集めてくれるせいで、彼女の首から上は今や林檎のように赤い。
 その肌のいずこにも、フランスの唇は触れることなく、離れていった。
「あ――?」
「可愛いな、俺のお姫さまは。ベーゼはまたの機会に」
 にか、と笑うフランスのむかつくくらいに白い歯を見て、プロイセンはようやくからかわれたのだと知った。さらにふざけた彼は投げキッスを寄越したが、彼女は音速でそれを叩き落とす。酷いわプーちゃん、とフランスが肩をすくめる。暴れようとするプロイセンを宥めて、彼は何事もなかったように染み抜きを再開させた。そこには、「傷付いたんだけど」と苦しげに呟いた、フランスの姿はどこにもなかった。
「それにしてもプーちゃん、意外と重いのな。お兄さんびっくりしちゃった」
「うるさい死ね! 俺は鍛えてんだよ! 氏ねじゃなくて死ね!」


 ドレスにカクテルをぶちまけました。ヒールが折れて、足首をひねりました。
 散々だって言いたいけど、まあ、俺が悪いんです。
 しばらく別の女のとこにでも行ってたエロ髭野郎が戻ってきたあの時、分かんねえけど、すっげー嬉しくなったんです。
 そんな自分にびっくりしてカクテルはこぼすわ髭野郎も髭野郎でこっち見て何でかほっとした顔しやがるわで、わけ分かんなくなって逃げてあのざまってわけですよ。
 本人には絶対言ってやらねえけど。


(君に愛を叫ぼうか)


これの続きをイメージしたイラストをさくが描いてくれました!いやっほう^^^



さく→あや→さくあや でふたりたのしい妄想連鎖\(^o^)/