いかないで、マイネ・ブルーメ

ドイツとにょぷ話。プーが先天的に女性です。苦手な方はご注意ください
またまたさくのこのイラストの続き、イメージです。
オッケーなかたのみどうぞ






























 

いかないで、マイネ・ブルーメ

 己の首に回された細い両腕には、離れようという気はないらしい。

 アルコールに負けてどろどろになった姉を弟は引き取り、横抱きにして家へと連れ帰ってきた。酩酊によりふわんふわん揺らぐ視界が楽しいのか、プロイセンはとろけきった糸目で意味のない言葉を呟いてなどいる。とりあえず、姉に水を。そうドイツが思ってプロイセンをソファに寝かせようとしたのだけれども、彼女は一向に離れてくれない。さすがの弟も、姉を担いだこの体勢のままで冷蔵庫のミネラルウォーターのボトルを取り出すことはできず、結局、ふたりしてソファに腰を下ろすしか道はなかったのだった。

 ソファに深く腰掛けたドイツの両足を己の腿で挟み、上半身を弟の胸に飛び込ませて。
 太い首に腕を巻き付けたプロイセンは、ドイツに向き合うようにして抱き着いたまま、酒臭い吐息を彼の耳元に吹きかけ続けている。まるで艶事を思わせるような色っぽさはそこにはなく、家族に甘える子ども、と例えるのが一番現状に近い。こんな格好をしていては、ドレスやグローブがシワになってしまうというのに。
 うつらうつらと船を漕ぎながらも込めた力は緩めないプロイセンに、ドイツが諭すような声で語りかける。
「姉さん、そろそろ寝ようか」
「やぁ、だ」
 いやいやとむずがるその姿は子どもそのものだ。さっきからこの繰り返しばかりで、事態は少しも進展しない。
「あったけえ……」
 どうも、離れたがらないのはドイツの体温が心地よいからのようだ。冷え性とまではいかなくても、基本的に体温の低いプロイセンには弟の温かさがいとおしくてたまらないらしい。パーティーに出席した際には姉はショールを羽織っていたはずだが、彼女自身が起こした騒動によりいつの間にかそれは肩から消えていた。
 革手袋をはめた手のひらで、ドイツはプロイセンのむき出しの両肩を抱く。華奢なその体はついに、弟によってすっかり包まれた。さらなる温もりを求めた頬がすり寄ってくる。
「……こんな背面を露出したドレスを選ぶからだろう」
「俺じゃねぇもん……フ」
「名前は出さなくていい」
 二文字を告げる前に、ドイツは速効で遮った。
 プロイセンが今夜纏うのは、白金のヘアーと白磁の肌によく似合う、タフタ地のオフホワイトのイブニングドレスだった。細い腰をさらに強調する太いリボンには、同系の銀糸の刺繍がふんだんにあしらわれている。どこかジャポニスム的美しさも感じさせるそれは、確実に姉でなく奴の趣味、目立てであるのだろう。素直に着る姉も姉だが、サイズまで把握してそれを周到に用意した奴には無性に腹が立つ。内心に巣くう苦虫と弟が闘っていると、くつくつと腕の中の体が震えた。
「なぁんだよ、そんなにきらいかー?」
「そうだ。奴とは前から馬が合わないと言っているだろう」
 ドイツの頬に自分のそれを合わせ、プロイセンは相変わらず融けきった声を垂れ流している。
「あいつはぁ、悪いやつじゃねーぞう。セクハラはすっけどさあ…今日は、ほんとに助かったもん」
「そうなのか。今日、姉さんが『助けられた』何かがあったんだな。一体何をしていたんだ?」
「……………」
 注ぎ込まれる声は決して嫌なものではないのだが、いかんせん話の内容がドイツにはなかなかに歓迎できない。誰も与り知らぬ場所で起こったらしい姉曰くの「助かった」出来事を弟が少し突つくと、彼女はすぐに黙りこくった。……余計に面白くない。
「俺には言えないことなのか」
「そうじゃ、ねえけど…」
「もしかして、また何か変なことを……?」
「……………ちげぇよ」
 今、間があったぞ。もしや俺が目を離した隙をつかれて、姉に貞操の危機があったのでは――心配性な弟の脳内にはあらゆる悪い想像が浮かび、どれもが消えない。
「じ、冗談だろうな。俺は許さんぞ」
「………ん…」
「姉さん」
「…………じょ…だん……」
 ドイツを焦らせる「間」が眠気を含んだせいだと気付いたのは、プロイセンの反応がほとんど返らなくなってからだった。
「んー……」
 いよいよ動きの鈍くなった姉の体は、本格的に眠りの準備のために熱をたくわえ始めている。腕にも力が入らないのか、ドイツの首裏と肩にぽとりと落とされたままだ。弟が部屋に行こうか、と彼女を促そうとした時だった。
「フラ、ンス……」
 掠れ声のなかに甘やかさを織り込んだ呟きだった。吐息はすぐに安定した寝息に取って変わる。くてん、力を失った体はついにドイツの胸に全体重を預けた。
「姉さん?」
 軽く肩を揺らせど、返るものは何もない。ドイツはプロイセンを起こしてしまわぬように、できるだけ静かに息を吐いた。
 よりによって眠りに落ちる直前に呼んだのが奴の名とは、皆目信じられん。俺は一度も呼ばれていないぞ。
 意外にも嫉妬深い弟は、姉が最後に名を落とした男にどうして嫌がらせをしてやろうかと、不穏な計画を巡らせる。そうしてしばらくの間、抱き締めた背を手放さぬことで、姉のぬくもりを己の中だけに閉じ込めていた。


(手折られてたまるものか)


さくあやさく→あや でふたりたのしい妄想連鎖\(^o^)/